「疲れてるだろうから、
寝たほうが良いよ」
家に着くと、Kさんはそういった。
確かに、疲れてはいたと思う。
だけど、横になっても、
麻酔で眠ったせいか、まったく眠れそうになかった。
「今日は、夜までずっといるから」
Kさんはベッドの横に座った。
あたしはKさんの手を握って、ぼんやりしてた。
おなかに、あかちゃんがいない。
それがだんだん不思議に思えてきてた。
あまりに、簡単に、何も知らない間に、いなくなっちゃったから。
あたしの身体には、苦しみがなかった。
手術を受ければ、もっともっと辛いのだと思っていたのに。
もちろん、痛み止めが切れれば、痛みはあった。
でも、それは時折よせてくるだけの痛みで、
あたしが期待していたような、間断ない激痛ではなかった。
痛みで罪滅ぼしをしようなんて、そんなむしの良いことは許されない。
そう言われているようだった。
痛かったり、苦しかったり。
なんらかの形で、あたしの中に傷が残ってくれれば。
そう思うのは、結局のところ、あたしのエゴなんだと思う。
こんなに辛い思いしてるよ。
今も、いっぱいいっぱい苦しんでるよ。
あたしだって、痛い目をみたんだよ。
だから、もう赦されてもいいんじゃない?
そんなのは、ムシのいいわがまま。
どんなに謝っても、たとえ苦しんでも、後悔しても、ゆるされないこと。
いのちをひとつ殺すっていうのは、そういう事なんだと思う。
あたしは、そう感じてる。
だけど、Kさんはどうなのだろう。
いきなり「あかちゃんができました」って言われて、
手術に行く姿を見送って。
出てきたあたしの姿は、病院に入る時と、なんら変わらなかったはずだ。
もう、あかちゃんはいない。
あたしたちが、そうすると決めて、殺したんだ。
Kさんは、それを、どう受け止めているのだろう。
あなたは、今どんな気持ちでいるのですか、とあたしは尋ねた。
「『終わったなぁ』・・・・・・っていう感じ?」
飄々とした感じで言おうとしたけど、また涙がこみ上げてきた。
もう泣かないって思ってたのに、
急に悲しくなって、涙がぼろぼろこぼれた。
涙は、全然枯れてなかった。
あたしは、泣き顔が見えないように、Kさんに抱きつき、
胸に顔をうずめた。
そして、言葉を待った。
Kさんは、少し黙って、何か考えてた。
「『終わったなぁ』っていうのとは、ちょっと違うよ。
・・・・・・やっぱり、悔しいよ」
Kさんはそう言った。
「30を過ぎたくらいから、ずっと子供がほしいと思ってた。
でも、奥さんは子供ができない体質で、
俺も、できないとは言われなかったけど、
『子供ができにくい』って言われてた。
だから、俺は、あかちゃんができたって聞いたとき、
本当に嬉しかったんだよ」
Kさんは、ぎゅうと力をこめて、あたしの肩を抱いてた。
「それなのに、こんなことになって・・・・・・。 すごく、悔しいよ」
かすかに嗚咽が聞こえて、あたしは驚いた。
Kさんが泣いてた。
あたしと同じように、嗚咽をかみ殺しながら。
相手に泣かれると、自分は強くなきゃいけないような気がして、
あたしは自分の涙を乱暴にぬぐい、Kさんの涙もそっとぬぐった。
「泣かせちゃった・・・・・・」
妊娠がわかったとき、ちっとも喜べなかった。
結論がひとつしかないってわかってたから、
ただ、こわくてこわくて仕方なかった。
でも、あかちゃんがいるってわかってから、
手術をするまでの1週間。
満員電車で無意識にお腹をかばったり、
気がつくと、下腹部に手をあててたり。
あたしの鼓動がはやくなると、
一緒に下腹部がぴくぴくと音を立てて。
「ああ、ここに居るんだなぁ」って思って。
たった1.3cmのあかちゃんだったけど、
しっかりとした重みを、お腹に感じてた。
何日かあとには居なくなっちゃうってわかってても、
それでも、あたしはあかちゃんといるのが嬉しかった。
不安で、悲しくて、毎日泣いてばかりだったけど、
それでも、やっぱりちょっと嬉しかった。
万が一、この先、また彼とのあかちゃんができることがあったとしても、
行き着く先は今と変わらないだろうと思う。
あたしがKさんの『イチバン』になることはないと思う。
そういう関係だって分かってても、
今、この涙だけは信じたいと思った。
もしも。
もしも状況が許すなら、産んであげたかったと。
産まれてきてほしかったと、そう思っていたんだと信じたい。
あかちゃんがお腹の中にいたことを、本当は嬉しいと思っていたと、
そう思いたい。
下腹部がずき、と痛むたびに、あかちゃんのことを思い出す。
思い出すと、条件反射みたいに、涙が止まらなくなる。
「かわいそう」
そして
「愛しい」
そう思っていたのは、あたしひとりだけじゃなかったんだと、
そう信じたい。
その日の夜、あたしの胸はぱんぱんに張った。
しかるべき時間を経て、あかちゃんが産まれてきていたなら、
あたしは、あかちゃんにおっぱいをあげていたんだな。
そう思った。
寝たほうが良いよ」
家に着くと、Kさんはそういった。
確かに、疲れてはいたと思う。
だけど、横になっても、
麻酔で眠ったせいか、まったく眠れそうになかった。
「今日は、夜までずっといるから」
Kさんはベッドの横に座った。
あたしはKさんの手を握って、ぼんやりしてた。
おなかに、あかちゃんがいない。
それがだんだん不思議に思えてきてた。
あまりに、簡単に、何も知らない間に、いなくなっちゃったから。
あたしの身体には、苦しみがなかった。
手術を受ければ、もっともっと辛いのだと思っていたのに。
もちろん、痛み止めが切れれば、痛みはあった。
でも、それは時折よせてくるだけの痛みで、
あたしが期待していたような、間断ない激痛ではなかった。
痛みで罪滅ぼしをしようなんて、そんなむしの良いことは許されない。
そう言われているようだった。
痛かったり、苦しかったり。
なんらかの形で、あたしの中に傷が残ってくれれば。
そう思うのは、結局のところ、あたしのエゴなんだと思う。
こんなに辛い思いしてるよ。
今も、いっぱいいっぱい苦しんでるよ。
あたしだって、痛い目をみたんだよ。
だから、もう赦されてもいいんじゃない?
そんなのは、ムシのいいわがまま。
どんなに謝っても、たとえ苦しんでも、後悔しても、ゆるされないこと。
いのちをひとつ殺すっていうのは、そういう事なんだと思う。
あたしは、そう感じてる。
だけど、Kさんはどうなのだろう。
いきなり「あかちゃんができました」って言われて、
手術に行く姿を見送って。
出てきたあたしの姿は、病院に入る時と、なんら変わらなかったはずだ。
もう、あかちゃんはいない。
あたしたちが、そうすると決めて、殺したんだ。
Kさんは、それを、どう受け止めているのだろう。
あなたは、今どんな気持ちでいるのですか、とあたしは尋ねた。
「『終わったなぁ』・・・・・・っていう感じ?」
飄々とした感じで言おうとしたけど、また涙がこみ上げてきた。
もう泣かないって思ってたのに、
急に悲しくなって、涙がぼろぼろこぼれた。
涙は、全然枯れてなかった。
あたしは、泣き顔が見えないように、Kさんに抱きつき、
胸に顔をうずめた。
そして、言葉を待った。
Kさんは、少し黙って、何か考えてた。
「『終わったなぁ』っていうのとは、ちょっと違うよ。
・・・・・・やっぱり、悔しいよ」
Kさんはそう言った。
「30を過ぎたくらいから、ずっと子供がほしいと思ってた。
でも、奥さんは子供ができない体質で、
俺も、できないとは言われなかったけど、
『子供ができにくい』って言われてた。
だから、俺は、あかちゃんができたって聞いたとき、
本当に嬉しかったんだよ」
Kさんは、ぎゅうと力をこめて、あたしの肩を抱いてた。
「それなのに、こんなことになって・・・・・・。 すごく、悔しいよ」
かすかに嗚咽が聞こえて、あたしは驚いた。
Kさんが泣いてた。
あたしと同じように、嗚咽をかみ殺しながら。
相手に泣かれると、自分は強くなきゃいけないような気がして、
あたしは自分の涙を乱暴にぬぐい、Kさんの涙もそっとぬぐった。
「泣かせちゃった・・・・・・」
妊娠がわかったとき、ちっとも喜べなかった。
結論がひとつしかないってわかってたから、
ただ、こわくてこわくて仕方なかった。
でも、あかちゃんがいるってわかってから、
手術をするまでの1週間。
満員電車で無意識にお腹をかばったり、
気がつくと、下腹部に手をあててたり。
あたしの鼓動がはやくなると、
一緒に下腹部がぴくぴくと音を立てて。
「ああ、ここに居るんだなぁ」って思って。
たった1.3cmのあかちゃんだったけど、
しっかりとした重みを、お腹に感じてた。
何日かあとには居なくなっちゃうってわかってても、
それでも、あたしはあかちゃんといるのが嬉しかった。
不安で、悲しくて、毎日泣いてばかりだったけど、
それでも、やっぱりちょっと嬉しかった。
万が一、この先、また彼とのあかちゃんができることがあったとしても、
行き着く先は今と変わらないだろうと思う。
あたしがKさんの『イチバン』になることはないと思う。
そういう関係だって分かってても、
今、この涙だけは信じたいと思った。
もしも。
もしも状況が許すなら、産んであげたかったと。
産まれてきてほしかったと、そう思っていたんだと信じたい。
あかちゃんがお腹の中にいたことを、本当は嬉しいと思っていたと、
そう思いたい。
下腹部がずき、と痛むたびに、あかちゃんのことを思い出す。
思い出すと、条件反射みたいに、涙が止まらなくなる。
「かわいそう」
そして
「愛しい」
そう思っていたのは、あたしひとりだけじゃなかったんだと、
そう信じたい。
その日の夜、あたしの胸はぱんぱんに張った。
しかるべき時間を経て、あかちゃんが産まれてきていたなら、
あたしは、あかちゃんにおっぱいをあげていたんだな。
そう思った。
コメント
育っていないかもさだかでなく 私の病気を受け入れることが病院側ができなかったのもあり・・・もっと他の遠くの病院さがせばよかったのか??いろいろと悔やんで泣きました。でも 私は忘れません。いつかあの世に帰ったときに赤ちゃんにママとして抱きしめてあげたいから・・・オムニアさんを選んできた命です。あなたは産むことができなかったけど 魂の親であることは永遠にかわりないのです。忘れないでいてあげてください。そして 今度さずかったときは必ず産んでその子の分もたくさんたくさん愛してあげてくださいね。
辛い気持ちたくさん吐き出してくださいね。
そしてゆっくり元気になってください。
コメントをいただいてありがとうございます。
yuyuさんも、辛い経験をされたのですね。
たくさん悩み、悲しまれたことと思います。
あかちゃんがお腹にいたときの気持ちも、
いなくなったときの気持ちも、
思い出すのはかなしいけれど、わすれないであげてください。
私自身、あかちゃんを忘れることはないと思います。
もし今後、あかちゃんをうむことができたら、
特別なおもいで、あかちゃんを愛するだろうと思います。
忘れないでいて そして前向いていきましょうね。
私 手術中に覚醒してしまい 痛みをこらえて
意識があるなか手術しました。でもそれは 忘れるな!
こんなに苦しんで死んでいくんだからねって
いわれたと思いました。
お腹にいたとき私も歌を歌ってあげたり さすったり
最後までママで 今もママです。
親になるって 子供がうまれたからじゃなく 子供が
親にしてくれるのだとおもいます。
私には二人の子供がいますが 魂の子供は三人。
ゆっくりね ゆっくりね 生きましょうね。
すごく痛い思いをされたんですね。
前処置だけであんなに痛かったのに、
手術の痛みがどんなものか、想像もつきません。
子供が親を親にしてくれる、っていうのが
なんとなくだけど分かる気がします。
あたしはママになれなかったけど、あかちゃんがお腹にいる間は、
不思議と「おかあさん」の気持ちが湧いていました。
手術をして、あかちゃんがいなくなって、
はじめてそれに気づいたんだけれど。
産んでいたら、この気持ちがもっともっと強くなって、
ママになっていってたんだろうな、って思います。