その夜は、腰の痛みと、
緊張のせいで眠れなかった。
 
ひとりで腰をさすりながら、
ベッドにうずくまってた。
 
電話がなった。
Kさんからだった。
 
あたしは一瞬喜び、一瞬落胆した。
電話をくれるということは、今日は会いに来てくれないんだ。
そう思った。
 
「今日は病院で前処置をしてきました」
「そうか。大丈夫だった?」
「ん。トラブルとかはなかったみたい。
 子宮がまがってるから、入れるの大変だったみたいだけど」
「入れる? 前処置って薬か何かを使うんじゃないの?」

当然ながら、Kさんは何も知らないらしかった。

「違います。ラミナリアっていう、道具みたいなのを入れるんです」
「中に?」
「そう」
「平気なの?」
「痛いですよ」

少しイラ、としてあたしは言った。

「子宮口に刺すんだもん。痛いですよ」

『子宮口に刺す』と言ったところで、
Kさんにイメージが湧くとは思わなかったけれど、
そう言った。

処置するときに何の説明もなかったし、
目隠しで仕切られていて、何も見えなかったし、
あたしもギュウと目を閉じていた。
だから、どんな物をどういう風に入れたとか、
そんなことはあたしにだって分からなかったし、
わかったところで、詳しく説明なんかしたくなかった。

ただ、ひとりで痛がったり不安がったりしているのが、
急バカらしくなった。
 
 
『痛い』と言っても、
Kさんはチクリとする程度だと思っているかもしれない。

あたしが泣きそうになりながら我慢したことも、
帰り、どんなにみじめになっていたかも、
今、どんなに不安と痛みに苦しんでいるかも、
Kさんは全部知らないんだ。

そう思うと、空しくなった。
ひとりで振り回されているみたいだった。

だから、八つ当たりみたいに言っただけだった。
 
 
「ごめん」またKさんが言った。
「痛い思いをさせて」

『ごめん』なんていらなかった。
謝るくらいなら、傍にいてほしかった。

こわいし、不安だし、痛いのだって辛いです。
だから、今から会いに来てください。
優しい言葉なんていらないし、宥めてくれなくてもいいから、
そばにいてください。

もしそう言ったら、Kさんは本当に会いに来てくれるのだろうか。
来てくれるのだとしたら、
家族にどんな言い訳をして出てくるのだろう。

想像しかけて、嫌になってやめた。
 
 
 
電話を切ったあと、またひとりで泣いた。

もう嫌だ、そう思った。

はやく明日になっちゃえばいい。
何もかも、さっさと終わってしまえばいい。
 
 
お腹はズキズキ痛んだけれど、
その時、あたしはあかちゃんのことなんか考えてなかったと思う。

なんで、ひとりでくるしまなきゃいけないの?

ただ空しくて、イライラして、自分ひとりのためだけに泣いた。
 
 
明日、自分があかちゃんを殺そうとしているのに、
自分のせいで、あかちゃんを犠牲にしようとしているのに、
自分のことしか考えてなかった。
 
 
最低だ、と思う。

コメント

piero
piero
2007年2月13日8:45

毎日拝読させて頂き、辛く悲しい気持ちを察し心痛めております
今回の事をきつく心に受け止め、早期に回復を願うと共に 
自分も含めて男の身勝手、無能無責任さ痛感しております
冷たい言い方ですが 最終的には女性側のみに降りかかる問題
今後は惑わされる事無く 自己防衛しかないと思います

ゆずる
2007年2月13日15:22

私も妊娠中絶経験者です。
私は、逆に痛みがあったのがうらやましい。
と、言ってしまうと誤解を招きそうですが…
私は手術の午前にラミ処置をされ、昼に手術しました。
痛い、というよりは違和感を感じた程度で、麻酔によりその後の記憶も痛みもなし。

…未だに、赤ちゃんを殺した実感が無いんです。

自分の勝手で殺した命にたいして、これほど失礼なことはないなぁと思いつつ
もう、あれから4ヶ月が過ぎようとしています。

私はそのひとが好きでした。
妊娠が発覚したときには、もうその人には別の人がいました。
そして、私にも。

仕方なかったのかも知れないし、仕方が無いで済ませていいものでもないのかもしれない
わたしは3ヶ月、死亡届が必要になるぎりぎり手前でした。
この感覚だけは、男の人が分かってくれることは無いのでしょうね。いくらすきでも、好かれていても。

軽はずみな台詞を言うつもりは無いのですが、
こんどは、元気な赤ちゃんを、幸せな状態で授かれるといいですね。

私はもうそれがかなわないので、自分の理想を押し付けてしまっているだけかもしれませんが。

オムニア
オムニア
2007年2月18日0:30

**pieroさん**
コメントをありがとうございます。
確かに、中絶で負担を負うのは女性の身体です。
たとえ、どんなに相手の男性が心を痛めてくれたとしても、
男性にとっては、或るひとつの出来事として
終わってしまうかもしれない。
今後、二度とこんな悲しい思いをしないよう、
自分自身がしっかりしなくてはいけないのだと痛感しています。

**ゆずるさん**
コメントをありがとうございます。
ゆずるさんも同じ経験をされたのですね。
確かに、ラミナリアを入れるときは、すごく痛かった。
けれど、手術そのものは、麻酔のため、
わたしもまったく痛みを感じることができませんでした。
痛みで罪滅ぼしができるわけではないけれど、
いっそ、耐えられないくらいの痛みがあってくれたほうが
良かったのかもしれない。
わたしもそう思っています。

nophoto
あゆ
2009年11月7日22:46

2年も前のブログに今さら書き込みしてすいません。
私は今日人口中絶手術を受けてきました。
心境は、あなたとまったく同じでつい書き込みしてしまいました。
結局、自分ばっかりが苦労してると考えてしまい、赤ちゃんのことを考えられなかったのです。ただ、さすがに手術台に乗ったときは、悲しさと罪悪感で涙が止まらなかったです。あと1年遅く授かっていれば本気で分娩を覚悟していました。
きっと私たちは次はちゃんとママの考えができると思いますよ。
次に授かった時は、元気な赤ちゃんを産みましょうね!!

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