病院から帰ると、
どっと疲れがおそってきた。
つわりのせいで電車にも酔っていて、
ひどく気持ちが悪かった。
「すこし寝たら?」Kさんが言った。
でも、あたしは手帳に挟んでおいた、中絶同意書をとりだして、テーブルに置いた。
「書いてください」
Kさんは黙って、同意書に住所と名前を書いた。
あたしの家の住所を書くのかと思ったけれど、
正直に自分の家の住所を書いてた。
「印鑑は、土曜日に持ってくるよ」
あたしはその場で名前を書き、はんこを押した。
署名することには、何の抵抗もなかった。
ためらいや重みを感じるには、
紙はあまりにも薄っぺらで、ちゃちだった。
Kさんは、疲れて横になったあたしのお腹、
おへその上あたりに手をあててた。
「あかちゃんが居るの、この辺だと思うよ」
あたしは、Kさんの手を、自分の下腹部にあてた。
「居るの、わかる?」Kさんがきいた。
「うん・・・・・・なんか、お腹が張ってる感じがする。
何か、重たいものが入ってるな、っていう感じがする」
Kさんは、あたしのお腹を見つめてた。
「・・・・・・男のひとって、『妊娠したよ』って言われて、
すぐ実感が湧くものなんですか?」
あたしはきいた。
「あたしは、自分のなかに赤ちゃんがいても、
お医者さんに写真を見せられるまで、
実感なんか湧かなかったよ」
「実感は、湧いたよ」Kさんは言う。
「今年の初め、オムニアが『気持ち悪い』って言ったとき、
『あかちゃんができたんじゃないの』って言ったよね。
あれは、本気で言ってたんだよ。
理由はわからないけど、本当にそんな気がしてた」
「あかちゃんができた、って言ったとき・・・・・・どう思った?」
怖いけれど、どうしてもききたかった。
「イヤだった・・・・・・?」
「嫌じゃないよ」Kさんはすぐに言った。
「好きな人に子供ができたら、嬉しいよ」
あたしは、枕に顔をうずめた。「あたしは・・・・・・」
「あたしは、ちっとも嬉しくなかったよ」
「ただ、こわくて仕方なかった。
どうしようどうしよう、って思ったよ・・・・・・」
こわいから。不安だから。
Kさんの気持ちを聞きたい。
でも、どんな言葉を返されても、信じることはできなかった。
それでも、あたしは、Kさんの気持ちをしりたくて仕方なかった。
もしかしたら、「嫌だった」と言われたかったのかもしれない。
Kさんは、また「ごめん」を言った。
悲しませて、本当に申し訳ないと。
「オムニアも、本当は中絶なんてしたくなかったんでしょ?」
また、涙があふれてきた。
「わかんない・・・・・・」
産みたい、のかどうか。
正直言って、わからない。
Kさんとあたしの子供。
想像がつかない。
その子をだっこしてるイメージも全然湧かない。
でも、
中絶が、悲しくて悲しくて仕方ないのは確かで。
「中絶なんて、したくないよ」
ただ、Kさんの前でそう言ってはいけないような気がして、言えなかった。
その日、あたしははじめてKさんにあかちゃんの写真を見せた。
「ここに居るのが、あかちゃんなんだね」
それ以外の言葉はなかった。
ただ、Kさんはとても長い時間、写真を見つめてた。
帰り際。
Kさんはあたしにキスをしようとした。
あたしは、顔をそむけ、いやいやをして拒んだ。
やはり求めてられるのは、そういう行為なんだろうかと思えて、
一瞬、ひどく悲しくなった。
「もう、不安なことはない?」
Kさんがきいた。
不安ばっかりだよ。
あたしは思った。
あかちゃんのことも、手術のことも、Kさんの気持ちも。
これからのこと、全部全部、こわいし不安だよ。
「大丈夫・・・・・・」
言いたい言葉を全部飲み込んだ。
代わりに、ぎゅうと抱きついた。
どっと疲れがおそってきた。
つわりのせいで電車にも酔っていて、
ひどく気持ちが悪かった。
「すこし寝たら?」Kさんが言った。
でも、あたしは手帳に挟んでおいた、中絶同意書をとりだして、テーブルに置いた。
「書いてください」
Kさんは黙って、同意書に住所と名前を書いた。
あたしの家の住所を書くのかと思ったけれど、
正直に自分の家の住所を書いてた。
「印鑑は、土曜日に持ってくるよ」
あたしはその場で名前を書き、はんこを押した。
署名することには、何の抵抗もなかった。
ためらいや重みを感じるには、
紙はあまりにも薄っぺらで、ちゃちだった。
Kさんは、疲れて横になったあたしのお腹、
おへその上あたりに手をあててた。
「あかちゃんが居るの、この辺だと思うよ」
あたしは、Kさんの手を、自分の下腹部にあてた。
「居るの、わかる?」Kさんがきいた。
「うん・・・・・・なんか、お腹が張ってる感じがする。
何か、重たいものが入ってるな、っていう感じがする」
Kさんは、あたしのお腹を見つめてた。
「・・・・・・男のひとって、『妊娠したよ』って言われて、
すぐ実感が湧くものなんですか?」
あたしはきいた。
「あたしは、自分のなかに赤ちゃんがいても、
お医者さんに写真を見せられるまで、
実感なんか湧かなかったよ」
「実感は、湧いたよ」Kさんは言う。
「今年の初め、オムニアが『気持ち悪い』って言ったとき、
『あかちゃんができたんじゃないの』って言ったよね。
あれは、本気で言ってたんだよ。
理由はわからないけど、本当にそんな気がしてた」
「あかちゃんができた、って言ったとき・・・・・・どう思った?」
怖いけれど、どうしてもききたかった。
「イヤだった・・・・・・?」
「嫌じゃないよ」Kさんはすぐに言った。
「好きな人に子供ができたら、嬉しいよ」
あたしは、枕に顔をうずめた。「あたしは・・・・・・」
「あたしは、ちっとも嬉しくなかったよ」
「ただ、こわくて仕方なかった。
どうしようどうしよう、って思ったよ・・・・・・」
こわいから。不安だから。
Kさんの気持ちを聞きたい。
でも、どんな言葉を返されても、信じることはできなかった。
それでも、あたしは、Kさんの気持ちをしりたくて仕方なかった。
もしかしたら、「嫌だった」と言われたかったのかもしれない。
Kさんは、また「ごめん」を言った。
悲しませて、本当に申し訳ないと。
「オムニアも、本当は中絶なんてしたくなかったんでしょ?」
また、涙があふれてきた。
「わかんない・・・・・・」
産みたい、のかどうか。
正直言って、わからない。
Kさんとあたしの子供。
想像がつかない。
その子をだっこしてるイメージも全然湧かない。
でも、
中絶が、悲しくて悲しくて仕方ないのは確かで。
「中絶なんて、したくないよ」
ただ、Kさんの前でそう言ってはいけないような気がして、言えなかった。
その日、あたしははじめてKさんにあかちゃんの写真を見せた。
「ここに居るのが、あかちゃんなんだね」
それ以外の言葉はなかった。
ただ、Kさんはとても長い時間、写真を見つめてた。
帰り際。
Kさんはあたしにキスをしようとした。
あたしは、顔をそむけ、いやいやをして拒んだ。
やはり求めてられるのは、そういう行為なんだろうかと思えて、
一瞬、ひどく悲しくなった。
「もう、不安なことはない?」
Kさんがきいた。
不安ばっかりだよ。
あたしは思った。
あかちゃんのことも、手術のことも、Kさんの気持ちも。
これからのこと、全部全部、こわいし不安だよ。
「大丈夫・・・・・・」
言いたい言葉を全部飲み込んだ。
代わりに、ぎゅうと抱きついた。
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